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文芸散策

野口英世最期の地アクラ訪問記(4)

2)コレブ病院 (Korle-Bu Teaching Hospital) コレブ病院は、1926年、当時の英領ゴールドコーストに住む現地人のための病院として設立された。 写真3 衛生検査技師養成 設立時の名称は、ゴールド …

野口英世最期の地アクラ訪問記(3)

5.アクラにおける野口英世の足跡 1)ジェームスタウン(Jamestown) 1927(昭和2)年10月22日、野口英世はアメリカ客船スキシア号に乗り、ニューヨークを後にした。スキシア号は、アクラ行きの船の乗り換え地であ …

野口英世最期の地アクラ訪問記(2)

3.アクラへの道のり 日本から、アクラへの直行便はない。ヨーロッパのロンドン、アムステルダム、ローマ、または、エジプトのカイロ、中東のドバイなどへ行き、そこからアクラへ行く飛行機に乗り換えることとなる。私たちは、最近非常 …

野口英世最期の地アクラ訪問記(1)

1.アクラ訪問への逡巡 野口英世とジョン・D・ロックフェラーの取材のため、三浦基弘前編集長とともに、アメリカ東海岸を旅したのは昨年5月。この旅の終わりに、「今度は、野口博士が亡くなったアフリカに行ってみましょう」と、三浦 …

野口英世の遺功を米国に訪ねる(5)

5.ロックフェラー・アーカイブ・センター 英世は、西アフリカのゴールド・コーストのアクラ(現在のガーナの首都)で、黄熱病により亡くなった。 当時、黄熱病での死者は現地で火葬されたり、埋葬されていた。しかし、米国のロックフ …

野口英世の遺功を米国に訪ねる(4)

4.ウッドローン墓地 野口英世の墓は、ニューヨーク市ブロンクスのウッドローン墓地 (Woodlawn Cemetery) にある。 この墓地は実際に行ってみると、広大で、かつとてもよく手入れのされた美しい場所であった。一 …

野口英世の遺功を米国に訪ねる(3)

3.ロックフェラー医学研究所と野口英世の評価 約3年間のペンシルベニア大学での勤務、1年間のデンマークへの留学の後、英世はフレクスナーとともに、ニューヨークのロックフェラー医学究所(現ロックフェラー大学)へ移った。 ロッ …

野口英世の遺功を米国に訪ねる(2)

2.フィラデルフィアとペンシルベニア大学 ニューヨークの空港で、レンタカーを借りる。米国内を旅行するには、航空機とレンタカーの組み合わせが最も効率が良い。今回は、カーナビをオプションとして付けてみると、異国の地でも道に迷 …

山陰旅行記(3)

〔5月9日〕 午前6時起床、7時から和式のお膳による朝食を食べた。バスは8時丁度に旅館を出発、豊岡市を過ぎ、河川敷の傍に設けられたコウノトリの餌場を横目に見ながら但馬の小京都「出石町」へ向かった。 8時40分出石町の駐車 …

漱石山房記念館

新宿区早稲田南町に、昨年オープンした新宿区立「漱石山房記念館」がある。なんとなく居心地の良いところで、本日を含め2度ほど訪問した。新しくおしゃれな記念館の建つ場所は、夏目漱石が1907(明治40)年から、没するまでの9年 …

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